私、下和田ヒロキはオフィスPACという芸能事務所に所属している役者ですが、

作詞作曲家、歌手としてのエントランスは、自主レーベルのヒカガクレコードです

 

ご用の方は、hikagaku-records@live.jp までご連絡ください。
どっちで頼んだらいいのかわからない案件は、一旦こちらへどうぞ。
お返事いたします。

 

 

昭和51年4月8日の朝。下和田家の長男として岐阜県美濃加茂市にて生を受けて、
三重県桑名市で育ちました。

 

幼少期、エレクトーンのレッスンをウケるもすぐに逃げ出す。同じ頃ドリフターズの
全員集合に夢中。舞台装置やステージショーに関心を持つ。地元の芸能事務所附属の
劇団児童部にて11歳で初舞台を踏む。振り付けを覚えられず地団駄も踏む。

 

17歳の時に楽器屋店長やゲームプログラマー、呑み屋店主らが結成した平均年齢40幾つの
ジャズバンド、と言いつつ流行歌謡やカントリーも好んで演奏するバンドへ参加。
作詞作曲もバンドで覚える。そこで背伸びをしまくったため、背はまるで伸びなかったが
音楽の嗜好が高度成長。成長を超え、ちょっとばかり老いる(笑)。

 

色々あって19歳の冬に上京。風呂なしシェア便所四畳半のベタな秘密基地で野望まみれ。
汗とお汁の演劇青年時代へ雪崩れ込む。名古屋での活動で得たご縁から流れ着いた
声優事務所に預かって頂き、養成所に通いながらナレーションやアフレコを始める。

 

上京後のおおよその活動歴はwikipediaに記された通り。更新して下さるユーザーの方々、
いつもありがとうございます。どの仕事も、今の私を形成する重要な細胞群の内側へ
大切に取り込ませてもらってます。

 

その頃は舞台にも、出る、出る、出る。結果働いても働いても、出る、出る、出る。
同時期に知り合った、同世代東京生まれ東京育ちのミュージシャンらと秘科学少年旅楽團を
結成して不気味な音劇作品を制作したほか、怪しいポップスも多数音源化。
ミュージックテープや、当時まだまだ自主制作では高価だったCD盤も数枚製作。
これまた当然、出る、出る、出る。出演増えてもバイト増やしても、出る、出る、出る。

 

あとに残ったものは、楽しかったな!面白かったな!嬉しかったな!雑に言ってこの3つ。
3つもありゃ幸福じゃん。そう、そのとおり。けっこういい人生。
でもいちばんのとっておきは、ちょっと数には含めない大好きな人たちとの出会いと、
今日に至るまでの繋がりです。これはもう本当に恵まれました。賑やか大勢!とか
常にピッタンコ、というのでは全然ありませんが、長い長い旅の途中を糸電話で
連絡取り合いながら、私と一緒に次なるワルダクミを考え続けてくれる仲間です。

 

近頃は新しい世代の仲間とのセッションが増えました。年齢差やキャリア関係なく
尊敬の念を持って、信頼の置ける大好きな人たちと共に作り上げた宝物もできました。
💎今お求めいただける宝物→ 『バイナウ』『振り子にふれた日

 

 

そんなこんな。割と寡黙で時々喧しい私の旅は、たぶん、昨年辺りから新章へ突入。
ちょっと変わったカレーを作ってお店に出したり、人気のアニラジを多数放送している
webラジオで居酒屋さんを開店したり。これからは地元と東京の往き来も増えそうです。

 

 

まだまだどうなるかわからないことばっかりですが、よろしくお願いします。
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